獣は囁く

第8章

 驚愕で何も言えずにいるわたしをよそに、女は倒れている侵入者の肩からマシンガンを外して自分の肩にかけ、足のベルトに納まっていた銃を抜いて腰にさした。
「あんた」
「ぐずぐずしないで立つのよ。すぐに仲間が来る」
「どういうことよ?あんたは一体なんなの、こいつらは」
わたしは口を覆っていたテープをはがして丸め、床に捨てた。
「あとで説明するわ。さあ、早く立って。部屋がめちゃくちゃにされるよ」
女は言い、土足のままリビングへはいった。リビングとキッチンの間でうつぶせに倒れている侵入者その2の側に落ちていたサイレンサー付きの銃を拾う。
その向こうにマヤが立っていた。立ったまま気絶しているみたいに見える。足元には血でなく割れたグラスとコーヒーが広がっている。
「ここを出るんだよ。あとは私に任せればいい」
「どこに行くの?」わたしを抱いたままヒカリが言った。
「あんたたちは来なくていい。足手まといになるだけだから」
女は始めてヒカリの存在に気がついたみたいに冷たく言った。
だめ。とわたしは身を起こして言った。蹴られたわき腹が刺されたみたいに痛む。
「この二人も連れて行って」
「あのね。ピクニックに行くんじゃないんだよ。ここに居れば安全。あいつらの狙いはあんたなんだから」
蛍光灯に照らされた女のうなじがロウソクみたいに白い。まとめきれなかった髪がかかっている。
「半分は嘘よ」とわたしは答えた。
「ここに残ったら殺されるに決まってる。二人を連れて行かないならわたしも行かない」
女は銃の弾倉を空けて中を確認してから閉じた。
「じゃあ、着いてきなよ。でも守ってやるのはアスカだけだからね」
女はヒカリを押しのけてわたしの腕をつかんで上に引っ張った。ヒカリは覚悟を決めたらしく、床に散らばっている自分の靴を拾い上げた。
「マヤさん。早く」
ヒカリがわたしのサマーブーツを差し出してマヤに言い、マヤはそれで我に返った。
「私、行かない」
「何言ってんのよ」私はサマーブーツに足を突っ込んだ。「殺されるわよ」
「わたし、行きたくない」
「だってさ」女は銃を持ったまま足で扉を開けた。「置いていけば?」
「一緒に来るのよ」
マヤはこちらに近づいてきたが、酔っ払っているように足がふらついている。
わたしは靴を履いたままキッチンに入り、流しの下の扉を開けてビニール袋を取り出した。蹴られたわき腹が痛んだ。盗撮機をシャツの中に入れる。
ヒカリ、マヤの順で部屋を出た。
「エレベーターでなく階段を使って」
わたしが部屋を出かかると女が言い、それから部屋に向かって銃を構えた。
 女は引き金を引き、銃口から小さな火が噴き出した。
 黒い服を着た侵入者その2は衝撃でビクリと動き、わき腹に赤い穴が開いた。そこから水風船に孔を開けたように血が流れ出した。
 女は銃口を下げ、玄関に倒れている侵入者その1も撃った。こちらは2度だった。背中に丸い穴が開く。
「どうして」
わたしは目をそむけた。
「こいつらは、わたしの仲間を殺ったからさ。じゃあ行こうか」
廊下でこちらを見ている二人を促して、わたしたちはエレベーターとは反対側の方向へ走り出した。
 薄暗い階段を2段飛ばしに駆け下りながら、絶対に引っ越そうと思った。安全なら銀行の貸し金庫の中でも良いと思いながら。

 一階は人気がなく静まり返っていた。エントランスは青っぽい照明に照らされている。わたしたち四人以外には誰もおらず、沈黙に支配されていた。
 エントランスには向かわず通り過ぎて裏口へと向かった。裏口の扉は閉まっていた。
 女は先頭に立ち、壁に張り付いて近づいていく。わたしたちもそれにならった。
 扉の前に来ると、女はヒカリに言った。「扉を開けて」
 わたしの10倍は素直なヒカリがドアノブに手を伸ばすのを制し、女を睨んだ。
「ヒカリを殺す気?」
女は舌打ちした「壁に背をつけて、手だけでひねって」
「わたしがやる」わたしは壁に背をつけてドアノブに手を伸ばし、金属のドアノブをひねった。
 女が足で扉を蹴り開けた。黒い羅紗紙を貼り付けたような夜空が見え、湿った夜の風が頬を撫でた。ドアは腹立たしげに軋みを上げて戻ってくる。
「平気なの?」
「止めた方が良いだろうね」
「撃ってこなかったわ」
「そうね」
女は肩をすくめると閉まりかけた扉を再び蹴った。
眼のくらむような銃声が静けさを突き破った。マヤが悲鳴を上げた。扉が赤い火花を散らして自動扉のように全開まで開く。
跳弾が一発、頭のすぐ上に当たってさらに跳ね返る。
わたしたちは床に伏せて銃撃が終わるのを待った。銃撃はすぐに止んだ。歪んだ扉が今度は泣くような音で戻ってくる。
へたくそ。と女ははき捨てた。「他に外に出られる場所は?」
わたしはどうにか意識を取り戻しつつ答える。
「出口はこことエントランスだけ」
「まっとうな出口から出る必要はないのよ」
わたしはその意味を理解した。
「管理人室の窓がある」
「そっちへ向かおう」
わたしはマヤを無理やり立たせて廊下を引き返した。無人のエントランスが見えてきた。その手前を左に曲がって進めば場管理人室がある。管理人がいるのは昼だけで夜は無人だった。
 わたしと女が並んで先頭に立ち、ヒカリとマヤがそれに続いた。
エントランスの外は暗く、地面にできた水溜りに街灯のヒカリが映っている。
 あと2メートルで曲がり角というところで、水溜りの街灯を踏み砕いて人影が横から飛び出してきた。
ついさっき、わたしに向けられていたのと同じ自動銃をこちらに向けている。
 エントランスのガラスが割れて滝のように崩れ落ちた。銃弾の雨が唸りをあげて廊下の奥へと吸い込まれていく。
 女は素早く銃を持ち上げて二度、応射した。一瞬だけ銃弾の雨が止んだ。
「早く!」
その隙を逃さず、わたしと女が角を曲がる。後ろをついてきていた二人は遅れた。ヒカリがほんの僅か早く、こちらに手を伸ばした。わたしもその手をつかむために手を伸ばす。
 再びエントランスに人が現れた。ガラスが無くなったせいで、今度は男の動きが鮮明に見えた。
 マヤはヒカリより一歩遅れている。
 わたしはヒカリの手をつかみ全体重をかけて引いた。後ろに倒れながら、マヤが走るのを止めて、しゃがみこんだのが見えた。
 再び一切の意識を吹き飛ばすような轟音が耳をつんざいた。壁が砕けて破片を撒き散らす。
 見当識が回復するまでにわたしはヒカリの手を握り締めていた。再び銃撃が止んだ。
 目を開くとすぐ隣でヒカリが震えている。彼女は無事だった。
 女が壁に隠れながら発砲しつつ叫んだ。
「その女を早くこっちへ連れてきて」
わたしは我に返り、廊下を見た。マヤも無事だった。子犬のようにうずくまっていたが、四つんばいでこちらに進みだした。肩をつかんで引っ張り込む。髪の毛に壁の欠片がくっついていた。
 女は顔をひっこめて、まだ煙を吐き出している銃の底から弾倉を引っ張り出した。レバーを引くと、金色の薬莢がこぼれるように落ちた。
「アスカ、あんた銃は使えないの?」
女は弾倉に弾丸の並んだ装填装置を押し付けて一気に装填させる。
「使ったことないわよ」
「私、あります」
マヤが言ったが、声が音響装置を通したみたいに震えていた。女は横目でその様子を見、信じられない。という目をした。
「クソ。本当だろうね」
女は装填したばかりの銃を差し出した。マヤは手を伸ばしたが、声よりもっと震えていた。
「アスカはこっち」
腰に挟んでいたサイレンサーのついてない銃をわたしに差し出す。それを受け取った。わたしの手は震えていなかった。
 初めて握った銃は重く、黒く、冷たかった。そのまま立ち上がろうとしたわたしに、女は落胆したように言った。
「銃は安全装置を解除しなきゃ撃てないんだよ」
「どうやんのよ!」
「親指のところにレバーがある」
「ないわ」
親指の位置には何もなかった。それを見て女が苦笑いして付け足す。
「あんたサウスポー?」
「そうよ」
「じゃあ人差し指よ」
レバーを指で引き上げる。「スライドさせて弾丸を薬室に入れて、それで撃てるわ。セミオートよ」
言われたとおりにすると、銃杷に詰まった弾がごりっと動く感触がした。
わたしたちは管理人室へと向かった。管理人室は無人で暗く、受付にはブラインドが下りていた。女はドアに鍵がかかっているのを確認すると、マシンガンの銃身で受付の窓を叩き割り、ブラインドを引き落とした。
「中へ入ったら姿勢を低く」
女に続いて受付を乗り越えて中に入った。外から見るよりも広く、机が二つ向かい合っておいてあり、壁にはカレンダーと連絡事項の書かれたマジックボードがあった。その隣には警報装置の赤いランプが灯っている。装置は作動していなかった。
 ヒカリとマヤが入る間に女は内側から扉の鍵を外して開け放ち、立てかけてあったモップの房を床と壁の間に差し入れて閉まらないようにした。
 わたしは机に隠れながら窓を見たが、カーテンがしまっていて外の様子は分からない。
「囲まれてるのよ」
女はわたしの隣まできて、背負っていた銃を持ち直しレバーを押し下げて戻すポンプアクションでいつでも発射できるようにした。
 わたしは机の上を探り、お目当ての輪ゴムを見つけた。うなじに手をまわして髪を結い上げてから輪ゴムで留めた。まとまれきれない髪が一束、顔の両側に垂れたが、ほうっておいた。
「相手は何人いるの?」
「たぶん三人。数だけなら優勢だけどね」
そうしてヒカリとマヤをみやった。二人は震えており、マヤは銃を握り締めている。銃を握っているというより、お守りを握っているみたいだった。
「とんだお荷物だよ。アスカと二人なら問題なかったのに」
「見捨てたりしたら、あんたを撃つからね」
わたしが言うと、女は挑戦的な目で見返してきた。
「やれるもんならやってみなよ。あたしは死なないよ」
それに答えようとすると、遠くでガラスを踏みしめる音がした。
「入ってきた。ぐずぐずしてらんないね」
女は身を屈めて窓へと近づいていく。わたしたちも後を追った。
「一人は裏口にいる。もう一人は中に入ってきた、なら、外には一人だよ」
「どうして三人って言えるの?」
「2人はやっつけたからさ」
女は壁にへばりつきながらゆっくりとカーテンを動かした。窓は視界のないすりガラスだった。くそったれ。と女が言った。
「なんで5人ってわかるのよ」
「そういうもんなんだよ。通常は5人で行動するんだ」
そのとき、警報装置がけたたましくなり始めた。それまで消えていた警報装置のランプが一斉に光って赤い点線を作り出した。異変に気がついた住人がやっと警報ボタンを押したに違いない。
 女がカーテンを引き剥がした。すりガラスを潜り抜けた街灯の冷たい光がわたしたちに降り注いだ。
「目の前で待ち受けているってことはないの?」
けたたましく鳴る警報の中でわたしは質問した。
「それはおおいに有りうるね」
「大丈夫なの?」
「行くしかないでしょ。この外はどうなってる?」
「5メートルぐらいの植え込みのある空間があるわ。その先に金網のフェンスがあって、その向こうは道よ」
わかった。と女は答えた。曇りガラスを叩き割ってこちらを振り返る。
「わたしが先に出るよ。合図したらあんたたちも来て」
頷くと、女は窓枠に手をかけてジャンプし、外に飛び出た。
 途端に銃声が鳴り響き、外壁に銃弾が食い込む音がして身を縮めた。
 銃の乱射はしばらく続いて止んだ。わたしは悪い予感で胸が焼けそうになった。中から呼びかけると、まるでのん気な返事が返ってきた。「生きてるよ」
 ほっとしたが、次の一言がわたしを絶望に突き落とした。
「二人で待ち伏せてた。予想外だよ。わたしが戻るまでそこにいるんだ」
女が銃を撃つタタタ、と短い音がし、それより派手な銃声がした。女が走り去っていく気配がする。
「ちょっと!どこいくのよ」
返事はなかった。その代わりに離れたところで何発かの銃声がした。その音も遠くへ去っていく。
「嘘でしょ」
わたしは愕然として呟いた。
次に眼にした物がさらにわたしを地獄へ突き落とした。
 モップを咥えて開いたままの扉から銃口が姿を現し、火を吹いたのだった。
 悲鳴が聞こえたが、ヒカリのか、マヤのか、わたし自身のかも分からなかった。分かっているのは広いとは言えない管理人室を弾丸が荒れ回っていることで、それに一発でも当たったら死ぬということだった。
 部屋は銃声がするたびに銃口から噴出す炎でフラッシュのように瞬いた。
 やっと銃声が止んで、わたしはどうしてそんな体勢になったのかも分からず、仰向けに寝転がっていた。うつぶせになっって体を点検し、全ての弾丸がそれてくれたことを確認した。
 遮蔽物を求めて這いずり、机へと向かったが、机のあちこちに貫通孔が開いている。部屋に残ったもう二人の名前を呼んだ。マヤが言葉になっていない返事をし、ヒカリからは応答がなかった。
 部屋は射撃煙と埃で煙っていて、光が筋になって差し込んでいた。何も掛かっていなかった壁のハンガーが玩具みたいに左右に揺れている。
「出てくれば殺さないでおいてやる」
へたくそな日本語が聞こえた。
 ヒカリを探そうとしたとき、再び敵が姿を見せて乱射した。ただ、今回は反撃があった。銃声が一発。マヤが撃ったのだ。
 意外な反撃に敵はすぐに引っ込んだ。わたしは虫みたいに這いずり、ヒカリを探して机を迂回した、ヒカリはキャビネットの陰にいた。そこで胎児の姿勢で倒れている。
 近づき、言葉を失った。
 ヒカリは右のわき腹をきつく押さえていた。そこから真っ赤な血が流れていた。わたしに気がつくと、苦痛に顔を歪めながら「大丈夫」と小さく呟いた。
「アスカ、おねがい。助けて」
反対側から泣きそうな声がした。マヤは身を守る遮蔽物を見つけられず、扉から丸見えの位置で銃をそちらに向けていた。両手で構えていたが、体の震えをそのまま伝えてぶるぶる揺れている
「ヒカリ、ちょっとだけ我慢して」
生涯最初の銃撃を誰もいない扉に向かって放ち、すぐに伏せた。
 何の反応もなく、その代わりに窓の外でタタタと音がした。同時に扉の向こうに敵が半身を現した。その銃口は狙うまでもなくマヤを捉えていた。
 わたしはマヤに向かって飛びついた。弾丸が空気を切り裂きながら通り過ぎていく。足元を掠めた弾がカーペットに穴を作る。
 乱射された銃撃は管理室の壁にあったもの、カレンダーを引き裂き、防災ヘルメットを粉々にし、コートをぼろきれに変え、ヒカリの隠れているキャビネットを再生不可能なほどにボロボロにした。
 それらの破片が雨のように降り注ぐ中、わたしはマヤを下にしてできる限り身を小さくした。部屋の中央には机があり、それは弾丸を止める遮蔽物にはならなかったが、目隠しにはなった。射撃が止むと声がした。
「武器をこっちに投げて出てこい、スタン弾を使うぞ!」
スタン弾が何か分からないままわたしは体を動かして、テレビ台の陰にマヤを押し込み、身を屈めて机に戻った。床に立てひざをついて机上に散らかった物を腕で払いのけてそこに両肘をついた。
わたしはまだ銃を握っていた。
 男が姿を現すのを待った。恐怖が水滴のように背筋を伝う。唾を飲んだが口はからからに渇いていた。
 マヤも台の陰から銃を外に向ける。
 男が警告の効果を確かめるために顔を半分出した。わたしとマヤが発砲する。その時にはすでに男は顔を引っ込めていた。
 わたしを拉致する気なら殺すはずがない、そう信じながら強張った指で銃を握りなおす。
 敵は何度か顔を出したが、一発も当たらなかった。敵は十分に訓練を積んでいて、わたしたちが撃つとわかってからでも身を隠すことが出来るようだった。はなから全身のほとんどを壁に隠している目標に当てることが不可能だと知っているのかもしれない。
 そうやってこちらの弾切れを待っている。ヒカリと窓の外の様子が気にかかったが、視線をそらすわけにはいかなかった。
 敵が現れる前に予測をつけるしかない。わたしはそこではっと気がついた。
銃を構えるのをやめ、マヤににじり寄り耳元に囁く。
「弾が切れるまで撃ち続けて」
彼女は初め怪訝な顔をしたあと、こちらの表情から何かを読み取って頷いた。言われたとおりに誰もいない扉の外へむかって発砲を始め、わたしは床に落ちていた鉛筆立てを扉の外の廊下に向かって投げた。懐中電灯にプラスティックの置物、灰皿、何かの瓶。手に触れたものは何でも投げた。
最後の物を投げてから、祈る気持ちで傍受装置のスイッチを押す。手の中が光で溢れた。
 廊下に投げた盗撮カメラは機能していた。液晶画面には壁によりかかって余裕でマシンガンに弾を補充している敵の姿が映った。廊下は敵一人だ。
マヤは外へ向かって発砲し続けた。ペースが早すぎると思った。わたしの用意が整う前に彼女の弾倉が空っぽになったら全て終わりだ。
発砲を続けるマヤにその黒い箱を渡す。マヤはそれを受け取り、視線を向けて全てを理解する。
わたしは扉がよく見える位置、さっきマヤがいた場所に移動して立て膝を突き、脇を締め、銃杷の底を右手に乗せて握り、肘を腹に当てて照準がぶれないように固定する。
 突然、銃声が止んだ。ヒカリの銃の撃鉄が空気を叩く間抜けな音がした。
「画面をこっちに、早く!」
マヤは吸血鬼に十字架をかざすようにわたしに画面を向けた。
 敵が間合いを計っている。
 ヒカリのせわしい息遣いが聞こえる。今はそれは考えないことにした。
(わたしならできる)
液晶画面を見つめながら暴走する呼吸をなんとか抑えこんだ。射撃の時は息をしてちゃいけない。
 それを証明するように画面の中の敵が息を止めたのが分かった。
 わたしは引き金を引いた。
 目の前で火を吹いた射声は鼓膜を破るぐらいの轟音になった。
モニターで見ると、わたしの弾丸は敵の腕に当たったらしく、腕を押さえてよろめいた。
 が、致命傷ではなかった。
 わたしは再び射撃点を探し、モニターを見つめた。たとえ敵の行動を予見できたとして、どうして自分が当てられたのかという疑問が浮かんだ。
(エヴァよ。あれと同じだ)
敵はストラップを肩にかけなおし、苦痛で口が歪むのが見えた。
 わたしは待った。
 そのとき、思いもかけない事態がモニターに映し出された。
 廊下の奥に人が飛び出してきた。すぐに見たことのある人物だと分かった。橋のたもとの交番にいる警官。わたしに拉致のことを知らせに来た警官だった。
 敵と警官はまともに視線を合わせた。どちらもまったくの予期していなかったに違いない。慌ててお互いに銃を向けあう。
「動くな!」
警官の怒鳴り声が聞こえた。
扉へと走る間にマシンガンのくすんだ連射音と、ピストルの乾いた単発の音が混じりあって聞こえた。
わたしは走り出した。
 廊下に飛び出したとき、敵はこちらに背中を向けていた。驚くほど近かった。その向こうで警官が大きくのけぞっているのも見えた。胸に開いた穴から天井に届くぐらいの血柱を立たせながら、体を回転させている。
 敵はわたしに気がつき、飛びのきながら銃をこちらに―――
 引き金を引いた。
 手元でカツンと呆気ない音がした。絶望的に呆気ない音だった。こちらに向き直りつつある敵の口角が余裕の笑みで引きあがり、タ、タ、タとひどくゆっくりな音がした。脳下垂体から噴き出すアドレナリンのせいだ。
 左肩と頭のすぐ上を銃弾が通過していくのがわかる。その直後には影がわたしを追い越して敵にむかっていく。
 影は敵にぶつかり、敵のマシンガンが上を向き、炎を一つ吐いた。
「アスカ!」
そう呼ばれて我に返り、脳が慌てて現状把握を開始する。
 敵は倒れている。そして暴れ、挑みかかってきた存在を弾き飛ばそうとしている。両者はあまりに体格が違いすぎた。ライオンに挑みかかかったカピパラみたいだった。すぐに形勢は逆転するだろう。
 でも今のところ、上になっているのはヒカリだ。
 ヒカリだ。
 考えるより先に足が動き出し、ヒカリの助けにはいった。男は野犬のような呻き声をあげて暴れる。腕一本でも女に負けるかと言いたげだった。事実、そう思わせるほど男の腕は太かった。
「マヤ!来て!お願い」
暴れる男を二人で必死に押さえ込みながら叫んだ。やってきたのはマヤではなくあの女だった。
 女は拳を敵の顎に叩きつけて黙らせると、こちらが息つく暇もなく手を引っ張った。
「はやく脱出するんだ!」
わたしはヒカリを抱き起こした。ヒカリはよろめきながら立った。そのわき腹に目をやって女が言う。
「撃たれたのか、でも後だよ!」
管理人室に引き返す直前に振り返った。
 妙な沈黙に包まれた廊下に人間が二人、倒れている。警官が倒れている壁には血がハケで撒き散らしたようについていた。
 警官は撃たれた衝撃で神経痙攣を起こし、異様なまでに背中を反らせていた。
「こっちへ!」
女がマヤを荒々しく立たせて叫んだ。
「早く!」
わたしはまだ正義の味方の死体を見ていた。
「アスカ早く!」
(お願い許して)
二人に助けられながら窓を乗り越えようとしているヒカリの後姿を見たとき、吐き気を催す背骨の折れる音がした。
 わたしが窓の外へ出ると、雨が全身を打ち、遠くにパトカーのサイレンが聞こえた。ゆうに10台以上はありそうだ。
わたしたちは金網フェンス沿いに裏口へと向かった。途中に死体が二つ転がっていた。一つの死体は道の上に大の字になって倒れ、裂けた腹部からコードみたいに腸がはみ出している。
もう一体は二度と思い出したくもない状態だった。
 金網の切れ目からわたしたちは外へ飛び出した。そしてヒカリの足に合わせながら夜の街へと逃げ出した。