獣は囁く
第33章
プラグ内は新品の薬品臭いがする他は10年前とほとんど変わっていなかった。磨きぬかれた壁の曲面は今は灰色だった。席に身を沈め、操縦桿を握る。すぐにミサトの声がした。
「アスカ、シンクロさせるわよ。ぶっつけ本番だけど、できるわね」
「できる」
「接続スタートさせます」震えたマヤの声だった。頭に銃を突きつけられているのか、協力する気になったのか、どちらにしろ、少しは見直す必要がありそうだ。
頭に懐かしいものが流れ込んできた。意識を手繰ると、わたしの中にはっきりと別の存在がいることが分かった。その存在は流れ込んできたものに手を伸ばしてがっちりとつかんだ。
壁が点灯し、光の渦が様々な模様を描きながらカタパルト室の景色へと収斂していった。手すりに手をかけてシンジがこちらを見ていた。
「起動成功。シンクロ率88%」
「七号機は兵装エネルギーの充填を完了!撃ってきます。このままだとここも巻き込まれます」シゲルが叫んだ。
「今すぐ射出して!」
(さよならシンジ)
そう思った瞬間、蒸気を圧縮していた金具が音を立てて外れ、機体が持ち上げられた。
わたしを乗せた十号機は一気に地上へと上昇していく。
上から押さえつける力に耐えていると、カタパルトが花火のように火花を散らしてブレーキがかかり、操縦席から投げ出されそうになる。
「なに!?」
「間に合わない。ATフィールドを展開して」
「まだカタパルトの中よ!」
「構わないわ!」
ATフィールドが射出口の壁を突き破って広がった。そこに地上から放たれた青い蛍光灯のような光線が激突した。
破壊された破片が降り注いできて、黒い装甲版に衝突するたびに鈍い音がする。
「再上昇!」
ミサトが言うと同時に十号機は再び地上を目指した。
わたしは富士樹海に飛び出した。朝日がかすかに射し、富士が紺色の巨大なシルエットになっていた。その下に七号機がいた。肩から提げた銃の先から白い煙がまっすぐに立ち昇っている。
アンビリカルケーブル。わたしは考えた。電力を確保しないといけない。カタパルトの隣に用意されたケーブルに手を伸ばし背中の金具に差し込んだ。
途端に停止していたエンジンや制御装置がうなりをあげて動き出した。
その振動が操縦桿をとおして両手に伝わり、視界に様々な計器がともっていく。わたしの全身を血が駆け巡る。力強い音だった。
零号機とまったく同じ七号機が銃をこちらに向けた。視界に散らばるデジタル計器が素早く動いて零号機を補足すると赤い文字が浮かび上がる(AT Field)。ATフィールドが自動的に広がってレーザーを上空にはじいた。レーザーは流れ星のように夜空に消えていく。
「すごいわ」わたしはつぶやいた。
「ミサト!武器を出して」
ライフルを手にすると、七号機に向かって放った。富士樹海を駆け巡りながら戦った。十号機のATフィールドは完全に自動化されて、七号機の攻撃を完全に防いでいた。
警戒音が鳴り響き、上空に点が現れた。見る間にそれは黒い筒になった。計器が一瞬で武器種別と着地点を計算する。
貫通散弾巡航ミサイル、目標はネルフ本部。そう表示された。
炎を吹きながら横を通り抜けようとする筒に手を伸ばして抱きかかえ、投げかえす。
ミサイルは投げ返した直後に目の前で炸裂した。内部に詰め込んだ無数の鋼鉄の球が飛び散って十号機の体にぶつかる。
衝撃で機体が激しく揺れた。十号機は体勢を崩したが持ちこたえた。装甲版は散弾を全てはじき返した。
「遊んでなんかいられないのよ!」
零号機に駆け寄ると、一つ目の顔を殴りつけた。砕けた青い装甲が飛び散る。
「アスカ、パイロットを殺さないで」
「わかってる!」
視界に鈍く光る点が現れ、ライフルを二つに裂いた。七号機はナイフを下から振り上げた手を、今度は振り落とそうとした。それを突き飛ばし、わたしは後ろに転がった。
七号機は起き上がるとナイフを捨て、左肩の拘束具から細長い金属棒を抜き出した。それは見る間に細かく枝分かれしていき、葉を落とした竹の形になった。
「見たことのない武器だわ。どうすりゃいいの?」
「アーカイブを調べる。うかつに手をださないで」
「向こうから仕掛けてくるわよ!」
七号機は竹のような武器を前に構えて突進してきた。その武器の恐ろしさはすぐにわかった。鋭い棘が左右に広がって避けづらく、受け止めようにも棘だらけでつかみようが無く、例え剣か棒を使っても中ほどまで素通りして、先端部分は体に突き刺さる。持ち主は単純に敵に突進するだけでいいのだった。
飛びのくために踏みしめた地面が泥のように沈む。七号機の武器の先別れした棘が半身に突き刺さった。激痛が肩から下腹部にまで広がる。
「狼筅槍。中国で獣を捕獲するのに使われていたものよ」
「まさにエヴァにはうってつけの武器ってことね」
痛みをこらえて立ち上がると、七号機が何かを上へと放り投げた。
「アスカ!見ては駄目!」
ミサトが叫んだが間に合わなかった。それは頂点に達した瞬間に強い閃光を放って炸裂した。太陽を直視したのと同じ症状が現れた。赤い玉が残像となって残り、視界を覆う。
七号機が突撃してくる気配がした。音を聞いて全力で垂直に飛んだ。十号機は狼筅を飛び越し、七号機の上に落下した。
お互いに上になろうとして、木々をなぎ倒しながら転げまわる。七号機にのしかかられ、首に圧力がかかった。忘れていたい思い出が胸をかすめた。目はまだ回復していなかった。
硬く光ったものが顔に落ちてきた。七号機の手首をつかんで力を込めると圧迫が緩んだ。
「ガハッ」
自分の声とは思えない音が喉から出た。再び何かが顔に落ちた。途端に見え始めていた視界が真っ赤になった。
力比べをしながら身を起こす。七号機の頭部拘束具の下から血が溢れ出していた。視界の回復と共に計器類も復旧した。センサーは七号機の顔の距離を正確に測り終えると、その目の前でATフィールドを展開させた。
フルスイングのバッドに打たれたように七号機の頭が上に跳ね上がった。
「よくもあたしの首を絞めてくれたわね」
七号機の頭を押さえつけると地面にめり込み、ついで拘束具が変形していく。肩の装甲板に手をかけて引き剥がした。骨の浮いた胸部の一部が見えた。さらにそこに手をかけて引き剥がす。
「アスカ!殺しちゃ駄目だ!」
その声で我に返った。七号機に取り付いている計器表示のエネルギー反応はゼロを示していた。
「七号機の活動を停止させたわ」
わたしは鼻と口の両方を使って呼吸しながら報告した。自分が目をむいているのが分かった。深呼吸して、少なくとも自分が狂女か鬼婆に見えないように努力した。
「エントリープラグを抜くわ」
七号機を裏返してうなじを覆う拘束具を取った。エントリープラグがするりと抜け出てLCIが噴水のように外に飛び散った。
それを慎重に引き抜いて両手に乗せる。それは薄いガラスでできているように脆そうに見えた。 |