獣は囁く

第30章

「俺たちはSASと戦略自衛隊とネルフ警護の3つを相手にするんだ」
ウェインがタートルネックの内側にケブラー板を差し込みながら言った。「こんな無謀な任務は初めてだぞ」
廃工場に続々と人と武器が集まってきていた。工場内にはざっと見渡しただけで80名ちかい人間が集まっていた。わたしたちNIHISの部隊はわたしとシンジをあわせて10人で、工場の一番奥に集まっていた。空っぽの工場に車が入ってくるたびに武器を入れたコンテナが積み上げられ、兵士たちはお互いに抱擁しあい、これからの戦いへの心の準備を整えていった。壁の後ろで用を足す人間が多くいて、その音に辟易した。
「日本政府は何て言ってるの?」わたしはブーツを引っ張りあげ、髪をきつく頭に巻きつけてウェインに言った。
「待てといっているが、そんな猶予はない」
「戦略自衛隊は攻撃してくる?」
「どうだろうな。防衛省の大臣が攻撃するなと命じない限り、攻撃してくるだろう」
「防衛省大臣がゲンドウの一味だって可能性は?日本政府そのものがグルだって可能性もあるわ」
「そうじゃないことを祈ってるが、今は確認のしようがない」
「七号機はどこまできたの?」
「モンゴルの北まで達している。日米韓空軍が2度目のトライを試みているところだ」
シンジが戻ってきた。彼も他の兵士と同じ格好をしていたが、サイズが一回り大きくて、様になっていなかった。
「ミサトさんもシゲルさんも連絡がつかないんだ」
「つかまってしまったのかもしれないわね」
わたしが銃を膝の上に置くと、ウェインが口笛を吹いた。
「VVDか。そんなものをどこで手にいれた?」
「ミサトの銃よ」
「君に扱えるのか?」
「撃ったことないわ。普通の銃と違うの」
「大違いさ」
20人ほどの男たちがジープに乗ってやってきた。彼らが姿を現すと歓声が起きた。
「シールズの先遣隊だ。彼ら抜きでSASと戦えない。数時間後にはグアム基地に駐屯している部隊がまるごとやってくる」
「それまで待つの?」
「その時間はない。銃を見せてくれ。私も昔、VVDを使っていた。何年モデルだ?」
肩をすくめるとウェインが手を差し出した。銃を乗せると彼は器用に銃把の木製部分をずらして外し、刻印されたモデル番号を呼んだ。
「一世代前の旧モデルだが、まだまだやれる」
シンジが隣に座った。ウェインは木製のグリップを裏返し、そこに目を留め、わたしにそれを見せた。
5月1日イムキロク
裏側にはそう彫られていた。シンジにそれを見せた。
「何のこと?」シンジも首をかしげる。「イムキロクってなんだろう?」
「医務記録のことかしら?」
「ミサトに訊いてみないと分からないわ」グリップをウェインに返すと、彼は銃を元に戻した。シールズの部隊長が、各部隊の代表を集めた。ウェインもそちらに行った。わたしはエリカの様子を見に行った。エリカは眠ったままだった。
「マヤ、傷はどうなの」
伊吹マヤはわたしを睨みつけた。
「八号機のパイロットは誰?新しい綾波レイのクローン?」
表情を崩さずにマヤは睨み続けた。
「鎖骨一本じゃすまないところだったのよ。もっと辛い目にあっていたわ。あんたがリツコを好きだってことは知ってる。でもリツコに協力を続けたらもっともっと辛い思いをするわよ」
何か言いたそうなそぶりをしたので、口を塞いでいる布をずらしてやった。マヤは冷えた空気を吸い込んだ。
「好きじゃない。愛してるんです。アスカには分からないわ」
「わたしはレズじゃないからね。でも否定はしてないよ。ヒカリだってそうだった。トウジのことでつらい思いをしすぎたから」
「洞木さんは、アスカを好きだったわ」
「ヒカリとは、友情が発展しただけだった。トウジよりもいい男が現れれば、愛情はそちらに向かったよ」
「でもアスカは彼女の想いを知っていて何一つ応えようとはしなかったわ」
「それ以上言うと、残った鎖骨をへし折るよ」
「折りたければそうしてくれてかまいません」
わたしは荒れてくる呼吸を整えて燃え上がろうとする後悔を押し留めた。
「ネルフなんてまた作ってどうするの?あんな組織がまたできたところで、だれも幸せになんてなりゃしないわ。わたしたちみたいな人間が増えるだけなのよ」
マヤは視線を反らせ、自分を鼓舞するように再びわたしを睨んだ。しかしその表情は前ほどしっくりしていなかった。彼女が口を割ることは無いだろうと見切りをつけた。
めまぐるしく時間が過ぎ、わたしとシンジと、エリカとマヤを除いて全ての人間が忙しく立ち振る舞っていた。わたしはシンジと並んでさびたベンチにすわり、それを見守っていた。
わたしはシンジの手をきつく握り締め、エヴァとネルフに関わってしまった人間たちのことを考えていた。
先輩を慕う後輩。死んだ級友を愛し続ける学級委員長。エヴァに執拗な執念を抱き続ける父親。その犠牲者の妻と息子。贖罪の念にとりつかれた女。知りすぎて銃弾を受けたスパイ。使徒にそそのかされた少女。
命令が伝わり、兵士たちが武器を背負い始めた。金属の触れ合うか音がさざ波のように広がった。先に立ったシンジが手を引いてくれた。
「アスカ。行こうか」
シンジはまるで、これから教会へ行く新郎のように優しく言った。
「ええ」
そう応じると、それだけで胸が燃えるようになり、泣きたくなった。
日付が変わり、気温がさがっていた。一年中、頭の上に居座っている太平洋高気圧が交代して、大陸の高気圧にかわっていた。
涼しい風が吹いている。もっともっと冷たい海の風に吹かれたかった。男たちは無言のまま、それぞれ盗んできた車に分乗していった。
兵士の中には女も3名いた。二人ともアジア系の女性で、日本人の顔ではなかった。背の低い方の女は車に乗り込む直前に、夜空に向かってわたしの知らない言葉をしゃべった。
シンジが先に車に乗り込むと、ウェインが近づいてきた。
「君はあの男に惚れきっているんだな」
彼は面白そうにそう言って、わたしのタートルネックに入れてあるケブラー板の位置を直した。「うらやましいことだ」
「でも、本人はまったくそういう風に思ってないらしいのよ」
「そんなことはないさ。君のような美人に惚れられていい気のしない男なんて一人もいないんだ。ただ…」
そこでウェインは言い淀み、その先を宙に漂わせた。わたしは車の天井に手を置き、全ての動きを止めて、彼を見据えた。
「君は人の愛しかたが下手すぎる」

第31章

 アメリカの兵士たちは中山道と東海道に別れて樹海を目指した。中山道では警察がバリケードを張って邪魔したが突破したとのことだった。
わたしたちの東海道では順調に樹海への道を進んでいた。箱根を越えるとき、第三新東京市への分岐点を示す標識を見た。ヒカリが撃たれ、十号機が衛星レーザーをはじき返し、暴れまわったのは昨夜のことだった。時間の流れが速すぎて感覚が完全に狂ってしまっている。
樹海の一本道を走るわたしたちの頭上を戦略自衛隊のヘリが追い越していった。ヘリはスピーカーで停止を命令したが、わたしたちは無視した。
そのうち、闇夜に一筋の線が走った。急上昇したヘリに対空ミサイルが襲い掛かって、ヘリは赤い炎に包まれて墜落していった。
それをきっかけに戦略自衛隊の航空部隊とSASの激しい戦闘が始まった。
道に迫撃砲が打ち込まれ、わたしたちも戦闘の渦中へと進んで行った。