3章 左眼
その年のカレンダーに、ジェシー・ヴァレントの「片目で花を愛でる少女」の絵が載っていた。わたしは、その絵をすごく気に入って、月が変わった後も、めくらずにおいておいた。
その金髪の少女は机に肘を突き、組み合わせた手の上に小さな顎を乗せて、トルコブルーの一輪挿しに挿された白い花と向かい合っている。奥の窓は開け放たれ、白いカーテンが風を受けて船の帆のように膨らんでいる。
少女は左目を閉じ、花を置いていった人間が誰かを推測するような、物憂げな表情で花に視線を向けているのだった。
フランスの蚤の市で六ユーロ売られていたこの絵は、一年後には千倍の価値となり、今ではジェシーの処女作としてボストン美術館の一角に座を与えられている。
一時期、花を見つめる少女が、単に目蓋を閉じているだけなのか、左目が盲いているのか、という論争が起きたことがあった。
真実のほどは分からない。作者もその答えを残さなかった。
病理学者は、少女は片目が目えない人間が物を凝視する姿勢ととっていない。目を閉じているだけだと主張し、歴史学者は、この絵の書かれた十七世紀末のフランスのある地方で目の病気が流行った。目が見えないのだと主張した。
朝起きて、この絵を見るたび、胸がうずくような感覚を覚える。
わたしの意見は学者とは少し違う。
少女は、左目で何も見たくなかったんだと。
*
医師は突然にやってきた。ここは病院だから、医師がいたって何も驚くようなことはないのだけれど、やっぱり驚いた。
医師は診察室のスクリーンドアを開け、待っていたわたしとシンジの二人には目もくれずに、黒い回転椅子に腰を下ろした。手にしていたマニラ封筒を丁寧に机に置き、それから始めてわたしたちに気がついたように、視線をこちらに移した。
春の日で、鼻がむずむずした。シンジは花粉症とは無縁の人間で、チューブで鼻の奥に花粉を送り込んだって、どこにも異常が現れないだろう。この点だけは彼の鈍感が羨ましかった。
医師はわたしにいくつか質問を浴びせ、それから検査をするために、わたしを機器の前に移動させた。わたしは人差し指で髪をすくって耳にかけ、「顎を乗せて下さい」と書かれている位置に、大人しく顎を乗せた。
医師が機器を操作すると、黒い筒が左眼の前に移動してきた。筒の奥は真っ黒で、いかにも何かが潜んでいそうな気配がした。
手が伸びてきて、左眼を無理やり開かせた。ツーという音がして、筒が一瞬だけ光った。
「どうですか?」少し間を置いて、シンジが尋ねた。
わたしは視界に残った赤い染みが、早く消えることを願って何度も瞬きをする。
「問題はなさそうですよ」
医師はマニラ封筒から取り出した書類と、機器が吐き出したレシートのような細長い紙を見比べながら答えた。
鼻がむずむずしてしょうがない。
「安定していますよ。網膜は問題なし、視神経もしっかりと情報を伝えているようです。ただ、まだしばらくは経過をみないといけないでしょう」
シンジが、そうですか。と嬉しそうに答えた。
「今は焦点もちゃんと合うようになったわ」
わたしは鼻をすすりながら言った。
「次回の検診は半年後でいいですよ」医師はそこで始めて笑顔を見せた。
わたし達は席を立って、診察室を出た。廊下に設置されたベンチで、白内障の老人が一人、ぼんやりと壁を見つめていた。
その前を通り過ぎ、眼帯をつけた子供が母親に手を引かれて診察室に向かうのとすれ違った。その子供はわたしを珍しそうに見上げた。
控え室で診察料を払うのを待つ間に、鼻ばかりでなく、目も痒くなってきた。
「最悪だわ。この世の杉はぜんっぶ伐採すべきよ」
「花粉を出すのは杉だけじゃないよ」シンジが答えた。
「知ってるわよ」
医療事務員がせわしなく働いている受付の上に、電光掲示板があった。患者を呼ぶ数字が流れ、その後<第三新東京市総合病院>の文字が続いた。待合室は混んでいて、いかにも人の良い白髪の警備員が、愛想良く「お大事に」と声をかけている。
威圧感の欠片もない警備員にはたして意味があるんだろうかと思う。仮に私が犯罪者か、そうなろうと企んでいたとして、彼を見て思いとどまる可能性は低そうだ。
目が痒い、わたしは右目を指で軽くこすった。
「アスカ、こすっちゃダメだよ」
「うっさいわね。逆よ、逆」
掲示版に45の文字が現れると、シンジが受付へと向かっていった。わたしはバッグを肩にかけて立ち、スカートがまくれていたりしないかを確かめてから、偽の水槽の前で彼を待った。
シンジは笑顔を浮かべてやってきて「次回は半年後でいいって、かなり楽になるね」と言った。
「わたしとしては、3ヵ月ごとに、無駄な時間を浪費せずにすむのが嬉しいわ」
シンジは診察終了書を丁寧に四つ折りにしてウエストポーチ――いまどき、こんなものを愛用している人間は他にいない。にしまった。
「昼ごはんはどうする? 外で食べようか?」
「いやよ。帰る」
「せっかくここまで来たのに」
「花粉がないところだったら行く」
真剣に考え込み始めたので、わたしはため息をついて言った「別にどこでもいいわよ」
二人でのんびりと弁当を食べ、公園を散歩した。大きな公園で、平日の昼下がりの時間を潰しに来た主婦が、犬や子供を遊ばせながら木陰で憩っている。フリスビーを追いかけていたゴールデンレトリバーが、散水スプリンクラーに興味を示して、フリスビーを追うのを止めた。はじき出された水滴が日光にきらきら光って見えた。
シンジが急に手をつないできた。わたしも別に、昔みたいに拒否はしなかった。わたしは今では、惣流アスカではなく、十八歳の若妻、碇明日香だし、夫に対していくつか負い目もある。
わたしたちは生垣に沿って弧を描いて続くレンガ敷きの小道を進み、ヨーロッパ風の、てっぺんに棘の生えた鉄製のアーチをくぐって庭園に入った。
目の前に長く続く鉄柵が見えた。こちらは装飾用ではなく、本物の柵だった。柵の周りにバラが植わっているのは、公園にしては物々しい、柵の上の有刺鉄線の印象を少しでも和らげるためかもしれない。
柵にちかづくにつれて、シンジもわたしも無口になっていった。
バラが枯れて、ぽっかりと開いている場所にまで歩いていって、そこから柵の向こうを見た。
そこは地面が巨大なすり鉢のように落ち窪んでいた。一見して、巨大なクレーターのように見える。クレーターはかなり巨大で、反対側の柵は白く霞んでいる。
底には雨水が溜まり、小さな池を作っていた。陽光が反射して美しく空を映し、雲の端が形を変えながら横切っている。
周りの土砂が崩れたり、埋め立ても行われて、この大きさに縮小してしまったが、そこはかつて芦ノ湖があった場所で、ネルフがあった場所でもあった。このクレーターは、戦敗記念碑と同じく、人間が自ら招いた不幸と恥辱とを忘れないための場所だった。
わたしは片手で柵をつかみ、光り輝いている池をじっと見つめた。シンジもまた、同じようにしていた。わたしたちは、後ろを通り過ぎる人たちが不審の目を向けるのも気にせずに、お互いが納得いくまで、ネルフのあった場所を眺めた。
「みんないなくなってしまった」とシンジが呟いた。
「そうね」
「トウジは、何をしてるのかな…」
「………」
わたしは意味も無く、長く伸びた髪を手で押さえた。ツインテールなんていう子供っぽい髪型はとっくに止めてしまい、ごく普通のロングヘアになっている。
そのうち、黒く染めてみようと考えているが、シンジがなんと言うか、未だに自信がない。気に入ってくれるような気もするし、ひどく怒りそうな気もする。どちらにしても、言う言葉はわかっている「いいんじゃないかな」だ。
「こんなところ、いくら見たってしょうがないわ」
わたしは柵に背を向けて歩き出した。
わたし達が前世紀からある古いマンションに着いたのは夕暮れ時だった。
管理人室を訪ねたシンジを残し、わたしは買い物袋を抱えてエレベーターに乗り、部屋の前で鍵を扉に差し込んでひねった。中に入ると、わたしとシンジの混ざった匂いがした。
食材を冷蔵庫に移していると、シンジがやって来て、封筒を差し出した。
役目をシンジと交代し、封筒を確かめた。差出人は洞木ヒカリで、宛名は『碇明日香様』になっていた。知り合いが赤の他人に出した手紙を読んだような気がして、悲しくなった。
中身を傷つけないように、慎重に封を切った。あの子のものは、封筒ですら傷つけてはいけない気がする。
彼女らしい、嫌味にならない程度にファンシーな便箋に、手書きの文字が並んでいる。それを読み、もう一度最初から読んだ。さらに読み、駄目押しに読んでから、元のとおりに折り畳んでシンジに差し出した。
「ヒカリはあっちの大学に行くって決めたそうよ」
シンクの拭き掃除を始めていたシンジが手を止めて手紙を読んだ。
「そっか……。上京はしないんだ。残念だな」
「こっちに来たってしょうがないわ。ぎすぎすしてて、窮屈なだけ」
「そのうち、会い行ってみたら?」
「そうね」わたしは言った。「わたしたち二人でね」
「新潟まで行くのにいくらかかるかな?」
「いくらかかったって行くのよ」
うん。とシンジは答え、冷蔵庫の扉を開いた。「行くよ」
わたしはそこで、心が軽くなったのを感じた。この一週間、お互いにはげしくやりあった戦争が、今朝の休戦協定から、和平協定に変わった瞬間だった。
「大根、切っておいた方が良いかな」
とシンジが包丁を取り出しながら言った。わたしは手紙を元通りに封筒に入れ、二キロ先でゆで卵が割れたぐらい何でもないような顔で夫に言った。
「また指を切るわよ」
「もう、だいぶ慣れてきたから、切らないよ」
「だめよ。わたしがやる」
彼の手から包丁を奪い取り、それで夫を追い払った。シンジはテーブルにつき、顔を傾けて、春の日差しに溢れた窓をみやった。
シンジはずっと左眼をつぶっている。
「みんなに会いたいな」シンジが言った。
わたしは答えずに、包丁をまな板の上に離し、シンクの上の置き鏡を見つめた。
今のわたしの顔を見たら、みんなはどんな顔をするんだろう?
わたしの瞳の色は左右で違っている。
右は青、左は茶色。
ゆっくりと、茶色い方の目に指を当てた。今ではすっかりわたしの一部になっていた。
左眼を失明したわたしに、シンジは自分の左眼をくれたのだった。
*
昼過ぎにのろのろと起きだしてシャワーを浴びた。
それからラジオをつけてカーテンをあけ、空の色を見た。
シンジは既に出かけていて、部屋にはわたし一人だった。高校は遠く、バスと電車を乗り継いで行かねばならないので、彼の朝は早い。
わたしはドイツにいた頃に飛び級で大卒の資格を得ていたので、高校にいく必要はなかった。資格を得てから五年近く経ったが、今でも東大程度なら合格できる自信がある。
卒業したら働くつもりだとシンジは言っている。人口減少による労働力不足のおかげで、今は日本人というだけでそこそこの職を見つけられる。
ネルフが作った借金のおかげで、国の財政は破綻寸前になっていて、政府のわたしたちに対する援助もいつまで続くか分からない。
わたしもそろそろ働かないといけない。という後ろめたいものを感じながら、それを少しでも和らげるために洗濯を始めた。
良い主婦ぷりだわ。花粉アレルギーと共に洗濯物を干しながら自分に言って聞かせ、それから奥様向けの午後のワイドショーを見たが、特に興味をそそられる情報もなかった。
わたしは別に、目玉をよこせと迫ったわけではなかった。
少年シンジが世界を破滅の手前のぎりぎりの線で救った後、わたしは閉じ込められたエントリープラグの中で死にかけた。
シンジに救出され、誰もいない病院で彼から手当てを受けた。そのうち、傷からばい菌が入り、意識不明の重態になった。
目が覚めるとそこは別の病院で、傷は全て治った後だった。世界は元の通りに戻っていて、お尻の皮膚をまるごとはがされたものの、腕についた傷跡は腕ききの皮膚科の医師がすっかり消してくれていた。
唯一の異常は視点が定まらないことだった。
医師の言葉によれば、移植された眼球の視神経は、すべてつながっているとのことだったが、目玉のサイズの違いから目を動かす筋肉が上手く動かず、初めは全てが二重に見え、それがなぜかバランス感覚にまで影響を及ぼして、まっすぐに歩くこともできなかった。
退院すると同時にシンジと結婚した。シンジの献身的な看病による、素晴らしい愛が芽生えたというわけではなかった。長い入院生活の間に、世の中はいろいろと変化し、人々のネルフの存在や、それに関わりのあった人間に対する見方も変わった。
侮蔑と同情が三対七というところで、石を投げつけられたりすることはないが、進んで係わってくる人もいない。
そんなわけで、退院する頃には、二人で助け合わないと生きていられないという認識が両者の間に出来上がっていたからだった。
わたしはテレビを切り、窓際へ行って、春風にはためく洗濯物の向こうに広がっている棕櫚の木の林を見た。そこにはたくさんの猫が住み着いていて、今も何匹かの猫が日当たりの良い場所で丸くなっている。
わたしの花粉アレルギーは深刻で、窓の外は光に満ちた地獄に思えた。左眼、シンジの目はわたしのために働くようになった今も、アレルギーとは無縁だった。
このままの生活を続けていれば、わたしは遅かれ早かれ妊娠するに違いなく、わたしは夫の無節操な家族計画に乗るつもりはなかった。
アレルギーを抑える薬を飲んでから買い物をするためにマンションを出た。
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